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![]() | 四天王寺は、推古天皇元年 (593)に聖徳太子が建立した日本仏法最初の大寺である。
新しく渡来した仏教を支持する蘇我氏と日本古来の宗教を推す物部氏の二大豪族の狭間で 、蘇我派の聖徳太子(16歳)は仏教の守護神、四天王に祈願して戦いに勝利した。 その報恩謝徳のために建てたのが四天王寺で、四箇院 (敬田・悲田・施薬・療病) を構え、広く一般民衆に手をさしのべ、太子信仰の拠点となると同時に、庶民救済の中心地となった。また、海外諸国からの使節や渡来者はまずこの地から上陸し、軍事上、外交上の要衝として、また国威を示し迎賓館としての役割も備えていた。 |
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古代大阪は、「なにわの津」といわれ国際交流の一大拠点だった。なかでも四天王寺は国際外交の桧舞台で様々な交流が行われた。四天王寺ワッソは古代アジアの国際交流を雅やかに再現する。ワッソは韓国語で「きた」の意で、祭で御輿をかつぐかけ声の「ワッショイ」はワッソが語源といわれている。
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